西表島
 1980年3月末、西表島へ行った。
大学を卒業する最後の春休みだった。
今から22年前の西表島は、いろいろなところが
今とは違っていた。

 船は大原港に着いた。ダイビングで西表島を訪れる場合、
船浦港への高速船で行くのだが、当時石垣船浦の航路は
なかったと思う。
 大原とダイビングサービスがある宇奈利崎は、島の東と西に
なる。バスでかなりの距離を乗ることになった。道は、西表島の
幹線道路?なのだが、舗装はされてなく普通車のすれ違いが
やっとの幅だった。見える風景はジャングルやマングローブなので
「日本で一番日本らしくない風景」に浸る気分はとてもいいものだった。

 イリオモテヤマネコはその頃すでに発見されていたが、さすがに
道を走っていて出会うことは難しかった。しかしいつ出てきても不思議
ではない雰囲気だった。ヤシガニは今よりだいぶ多くいたようだった。
夜「ヤシガニを見に行こう」ということで出かけたが、自然の状態で生息
しているものではなく、人間に捕まってしまったヤシガニ君で、おみやげ
屋さんでかごに入れられていた。「このはさみで挟まれたら指がちょん切れ
ちゃうだろうな」と思わせる立派なはさみを持っていた。

 ダイビングは3日間で6ダイブした。
「今の西表の海とどう違うのか」ということについては、結論から言うと
「ダイビングについては、ほとんど変わっていない」と思う。
 当時の沖縄の海は、オニヒトデの被害が深刻だった。西表島は被害が
少なかったほうだが。すでに環境問題を抱えていた。
 しかし今と違うのは、ビーチの海が変わってしまったということだ。
この時の旅行で、民宿から歩いてすぐのところに小さいビーチがあった。3
点セットをつけて海に入ると、そこには珊瑚があり、熱帯のカラフルな魚が泳いでいた。
この頃の西表はビーチから海へ入るとこんな世界があちらこちらにあったのだ。
 ダイビングはすべてボートなので、陸から離れたポイントで潜る。そのような
ダイビングポイントの珊瑚は今でもとても元気だ。
 沖の珊瑚は守られているが、岸に近い珊瑚は死んでしまった。その原因は
道路などの開発があるのだろう。数年後に訪れた西表島は幹線道路はみごとに
舗装され、大きなホテルはないまでも新しい建物ができていた。(その新しい建物
に泊まっているのは自分なのだが)
 もう一つの原因は「農業」にあると、今まで沖縄を訪れたなかで何度も耳にした。
さらに、「道路」や「ホテル」は批判されるが、「農業」が批判されることはあまりない
という。もちろん「農業」の批判とは、「農家」への批判ではなく行政に対するもの
なのだろうが。

 なぜか「環境問題」のページになってしまった。

 その後西表島へは、三度訪れた。Cカードを取ったのもこの島だった。1980年の
ときは、カードなしでダイビングをしていた。当時はそれが許された。

 今、西表島の珊瑚はとっても元気がいいと聞いた。今年の夏に5年ぶりに行って
みようと計画している。

 1980年のとき、撮影した写真を見つけた。ニコノスVで28mmレンズで撮影
したものだ。
                               2002年6月1日記
1980年の写真です。
透過原稿ユニットを使って取り込んだので、画質はあまりよく
ありません。
魚の名前をクリックすると、写真が大きくなります。
キンギョハナダイ
アカククリ
コブシメ
ウミウチワ
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