海の中のひとりごと
2003.10.30  マルタリがやってきた


我が家のメロディー(ミニチュアシュナウザー)が空の上へ行ってしまったのが
昨年の12月だった。
最後の数週間はメロディーの様子を見ているだけで苦しかった。
おしっこやウンチは散歩に行った時にするので、家のメロディーのトイレで
することは雨で散歩ができない時ぐらいだったが、最後の数週間は弱ってしまって
散歩ができずトイレで用を足していた。
しかしそれも最後の数日は衰弱の度合いがひどく、ふらふらになってトイレへ行き、
途中で倒れたり頭をぶつけたりしていた。おむつをしてもトイレに行こうとしていた。
「そんなにがんばらなくていいんだよ」と声をかけたが、何度も何度もトイレへ向かった。
下痢をしていたので、一日に何十回もふらふらの足取りで。

空へ行った日は僕が仕事を終えて6時少し前に家に着き、その時最後の瞬間を迎えようと
していた。僕が帰ってくるのを待っていたのだろうか。そして僕の声を聞きようやく納得したのだ
ろうか。そんな気がしてならない。20分後大きく体を反らせると二度と動くことがなかった。

「別れが悲しいからもう犬は飼わない」という話はよく聞く。
メロディーは14歳でおばあちゃんの犬だったが、僕にとってみればおばあちゃんではなく
まぎれもなく子どもで、家族の中でも子どもが先にいなくなるなんてことは人間社会だったらあっては
ならないことだ。それほど悲しいことはない。
犬の場合、自分より長く生きることはないことが初めからわかっているので、その悲しさは覚悟を持って
迎える分だけ小さくなるのだろう。しかし悲しいものは悲しい。
だから「犬は飼わない」という気持ちはわかる気がする。

しかし悲しさより何倍も何十倍も何百倍も楽しいことがあった。それはメロディーも同じだったろう。
吉本ばななの本を読んだ時
「今は僕たち仲良くやっているし幸せを感じている。でもね。これから先、けんかをするかもしれないし、
憎しみあうようになるかもしれない。もしそうなってしまったとしてもそれはしかたがないことかもしれない。
でも、だからこそ今楽しいことをいっぱいして、楽しい思い出をたくさん作っておきたいんだ」
というような意味のことが書いてあって、「いいないいなこれ」と思って自分のなかにしまいこむことにした。
自分のなかで何度も何度もアレンジされて、原文とはかなり違ってしまっただろうなと思い、原文を探したけど
本の題名も忘れてしまって(キッチンだったかも?)結局見つからなかった。

メロディーとは楽しいときをたくさん過ごせたのだ。
だからまた家族を迎えることにした。
ヨークシャーテリアの女の子が9月に我が家にやってきた。
名前はマルタリ。みんな「どんな意味?」
と聞くけどだれにも教えたことがない。
教えないのははただ理由が恥ずかしいだけ。

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