グアム
2002年12月、グアムへ行った。

これまでミクロネシアの島々へは、パラオ・ポナペ・サイパンと行っていた。
そのたびにグアムのアガラ空港で乗り換えていたのだが、グアムでダイビングを
したことはなかった。

JAL御空のチケットを取り、グアムのダイビングサービスデイドリームにダイビングの
申し込みをし、ホテルの予約もお願いした。

出発まで2週間になり、デイドリームのHPを覗いたところたいへんなことになっていた。
グアムは台風が来て、大被害を受けていたんだ。
瞬間最大風速は80mを超えたらしい。大きな台風に慣れているグアムでも記録的な
ものだった。
電気水道は止まり、燃料タンクが炎上中ということでガソリンが手に入らない状況に
なっていた。デイドリームは建物が崩壊していた。たいへんなことだが、スタッフや家族
が無事で、ボートに損傷がなかったことは、本当によかったと言える。

このような状況のなかでもデイドリームのHPで情報をながしてくれたこと、早々と今後の
方針を決めてくれたことはありがたかった。

この台風で多くのホテルが被害を受けたことにより、航空会社(特にJAL.ANA)は
定期便の運航を減らしていた。予約していた便は運航されていたので、当初の予定通り
グアムへ出発することにした。

グアムへ行く機内は、空席が目立っていたというより、ほとんどが空席だった。
グアムへ着いたのは夜中だったので、町の様子はよくわからなかったが、翌日
デイドリームサービスまで向かう車からは、だいぶ復旧が進んでいる
様子だったが、建物のガラスが割れたままだったり、電柱が倒れて電線が
たれさがっていたり、椰子の木の葉が全部吹き飛んで木だけが立ち並んでいる状況が
目に入ってきた。

デイドリームの客は僕一人だった。旅行社のツアーは軒並みキャンセル、航空会社の便
も減らされている状況の中では、当然のことだろう。

ボートに乗って海に出た。小さい入り江から大きい入り江、湾内へと出て行くが、あちこち
に船が沈んで船体の一部を海面から突き出していた。150mほどの入り江の左岸に
コンテナーが3つ横たわっていた。それは入り江の右岸にあったものが飛んできたもの
だった。右岸を見ると飛ばずに無事だった30ほどのコンテナーがあった。

「ブルーホール」へ行った。
ボートからエントリーすると海底がずっと先まで見えた。すごい透明度だ。今までダイビング
してきた中で、これだけの透明度があったのはサイパン・ランギロアといい時の沖縄くらい
だろう。

海の中はパラオやモルジブのように魚群に包まれるということはないが、僕のようなカメラ派
ダイバーにとっては、60分の時間を飽きさせないだけの被写体があり、のんびりゆっくり
撮影することができたので、1ダイブ1ダイブとても楽しいものだった。
4日間9ダイブしたが、毎回違うポイントにしてくれたり、ビーチポイントでは90分自由に
潜れたり、よかったよかった。

ダイビング最終日に重機材を購入した。日本で買うよりはるかに安かった。このことは
「海の中のひとりごと(器材購入)」で詳しく書きます。

帰りのJAL982便は、行きの便よりさらに空いていた。B767は座席数が250くらいだろうか。
客室の後ろ半分には、お客を入れていなかった。そんなことしたら前が重くなってしまうのでは?
と思うが、その心配はいらなかった。前半分もほとんど空席。人数を数えたら16人だった。
客室乗務員は規定の人数乗っていたうえに、客席は前半分だったので、客室乗務員の密度が
高いんだ。12〜3人いたかな?それってお客の数とあんまり変わんないじゃん。

フチドリハナダイ

  オキザヨリ           クジャクスズメダイ
Guam